[rentwi.textfile.org]

《数式アレルギー》という言葉を聞くたびに、お腹をノコギリで切られるような痛みを感じます。「私は数式アレルギーでして」みたいにいうのを責めているわけじゃない。でもその《言い訳》が社会に与える意味を思うと、お腹がぎりぎりぎりぎりと痛む。あなたはどんな意味でそれを言ってるの?

「私は数式アレルギーでして」という言葉で安息する人たちがいる。でもそれと同時に「おおそうか、こういう言い方をすれば自分が数式を読まなくても多くの人の共感を得られるのか」という抜け道を若人に与えてしまう。それが苦しい。違うんだけどな。数式は言葉に過ぎないのにな。

何百年も前から世界のトップクラスの頭脳が考えに考えてきた歴史の積み重ね、言葉の結晶として《数式》がある。それを「あれるぎー」の一言でゴミ箱にいれるというデリカシーのなさに胃が痛む。あなたがわからないのはいいよ。あなたが理解したくないのはいいよ。若者にそれを推奨するなといいたい。

漢字が読めない若者を怒るでしょう?英語を読みたくないという若者を叱るでしょう?数式はそれと同じだ。数式を「あれるぎー」で済ますなよ。特に、若者に、そんなへらへらした姿を見せるなよ。漢字が読めないなんて論外。英語読めないなんてありえない。それと同じように数式を読め!というべき。

何を怒っているかというと「私は数式アレルギーでして(てへ)」といってる(自称)大人に怒るのだ。勉強不足を恥じろよ。若者を自分のレベルまで落とそうとするなよ。文系ですからなんていうなよ。きょうび文系でもしっかり数式はよむぜ!若者を自分のレベルまでおとしめようとするのに腹が立つのだ。

数式は理系の言葉。言葉を知らなければ、学ぶこともできないし、会話もできないし、自分の主張を表現することもできない。計算機科学者でΣがキライな人はいません。統計学者でσがキライな人もいません。数式は恋人のようなものです。エセ文系の《数式アレルギー》なんて言葉に惑わされないようにね!

中学生ならばわかりますよ。「いやあ、昨日ゲームやってて、試験勉強してないんだよねー」みたいな、不勉強自慢みたいな。「ガリ勉は人間性をなんとか」みたいないい加減な論理。そんなのを大人になってからやってちゃだめだよ。大人は真剣に勉強しよう。真剣に考え、真剣に学ぼう。

自分が使える武器を磨こう。武器とは言葉だ。日本語も英語もプログラムも数式も、あなたの武器だ。あなたの言葉だ。誰はばかることなく広く深く学べ。にせものの大人がへらへら文句いっても耳をかさなくていい。あなたはあなたが信じる本物を磨け。応援しています。

>「私は数式アレルギーの文系でして」とへらへら笑う大人に耳を貸すな。

http://rentwi.textfile.org/?759297917043609600s

蛇足。どうして「数式アレルギーの文系」というフレーズにこんなに腹が立つかというと、未来の若者に害なすというだけじゃなく、実はこの自称《文系》が数式だけじゃなく、《言葉》をぞんざいにあつかっているからなんだな。「私は数式アレルギーでして」を醜悪だと感じない感覚は《文系》じゃないね。

結城がこれまで出会った(必ずしも理系ではない)尊敬すべき文系は、数式が言葉でることを理解しており、自分がそれに習熟していないことを少し恥じつつも、敬意をもっていたように思う。「私は文系だけど、書かれた言葉はきちんと読みます」という態度がそこにあった。

全員が数式を数学者のように読めと言っているのではない。そうではなく、歴史的な《知》に対する敬意が感じられない発言に腹を立てているのだな、私は、きっと。

以上、蛇足でした。

s/言葉でる/言葉である/

2016-07-30 (Sat) 17:01:45