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数学ではよく「すべて」と「存在する」の区別が大切な場面が出てきます。実は、人間関係でもその区別が大切だなと思うことが多いです。「あの人はいつも〇〇だ」と「あの人は〇〇なときがある」とを区別するという意味です。

自分が体験したことは重きを置きがちだし、人は記憶を持っているし、パターンを見つけてしまう能力も高い。なので「あの人が〇〇した」という場面を数回見ただけで「あの人はいつも〇〇する」と考えてしまいそう。でもその推論は正しいのだろうか。誤った一般化ではないだろうか。

うっかり〇〇すると、他人から「こいつはいつも〇〇だ」と思われてしまう。だから、〇〇しないように注意を払う。それはそれでいいのかもしれないが、その考え方が過度なコストを生むことはないだろうか。

社会のあり方や組織論のような大きな話ではなく、自分個人の判断の話として考えるのは意味がある。誰かに対して判断を下すとき「自分は何を根拠にしている?」と考え直してみる。人間同士のことだから判断が完璧に行くわけはないけれど、根拠薄弱なまま大きな判断を下すのは危険な場合もあるだろう。

2017-08-02 (Wed) 23:02:29